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福岡高等裁判所 昭和52年(ネ)207号 判決 1979年8月22日

控訴人 株式会社 ヒゼン

右代表者代表取締役 岡弥一

右訴訟代理人弁護士 元村和安

被控訴人 佐藤文語

右訴訟代理人弁護士 中園勝人

右訴訟復代理人弁護士 吉田徹二

主文

原判決を次のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し、金九一万八〇〇〇円を支払え。

被控訴人のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じこれを五分し、その一を控訴人の負担とし、その余を被控訴人の負担とする。

この判決は、被控訴人の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用及び認否は、次のとおり加えるほか、原判決の事実摘示(原判決一枚目-記録一六丁-裏一一行目から原判決五枚目-記録二〇丁-裏九行目まで。)と同一であるから、これを引用する(但し、原判決五枚目-記録二〇丁-裏五行目の「第二四号証の各一、二」の次に「(乙第五ないし第二四号証の各一、二は写を原本に代えて提出)」を加える。)。

一、控訴代理人は、次のように述べた。

1. 被控訴人は、有限会社キリンヤから昭和三九年五月三〇日に有限会社あわや洋品店に対する債権放棄の通知を受けた後に、その放棄された債権に対して少くとも二万五〇〇〇円を支払っている。

2. 仮に、被控訴人の主張が控訴会社の代表取締役であった亡兵働の不法行為(株式の無断譲渡)を理由に控訴会社の不法行為責任を追及するものであるとすれば、兵働に不法行為に該当する事実があったことを争う。

仮に、兵働に株式の無断譲渡の不法行為があったとしても、兵働は、昭和三九年二月六日本件株券を被控訴人名義で谷山卓夫に売却し同人に裏書譲渡したものであって、被控訴人は従来からの株式配当金の支払いがないことや被控訴人主張の兵働の株券交付時の行動等より、そのころか遅くとも昭和三九年五月の控訴会社の株式配当日までには、右株券売却の事実を知ったものであるから被控訴人の控訴会社に対する損害賠償請求権は、同年五月末日から三年間経過した昭和四二年五月末日の経過とともに時効により消滅した。

二、被控訴代理人は、次のように述べた。

1. 一1の控訴人主張事実を否認する。

2. 一2後段の控訴人主張事実を否認する。

兵働が本件株券を無断で譲渡したことを被控訴人が知ったのは、本件訴訟の提起後であり、このことは、本件訴訟において被控訴人が当初は本件株券の返還を請求していたことに徴しても明らかである。

三、証拠<省略>

理由

一、被控訴人が訴外有限会社あわや洋品店(以下訴外会社という。)の代表取締役であって被控訴人名義の控訴会社の株券二〇〇〇株(以下本件株券という。)を所有していたこと、控訴人の商号はもと肥前衣料株式会社であったが、その後現在の商号に変更されたことは当事者間に争いがない。

二、被控訴人は、本件株券を訴外会社と控訴人との間の商取引より将来発生する訴外会社の債務を担保するため控訴人に交付したものであるところ、その後右取引が行われなかったから、控訴人は被控訴人に対し本件株券を返還すべき義務を負っていた旨主張するので、この点につき判断する。

<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

1. 訴外会社は、昭和三九年一月二五日ころ、控訴人に対し二三四万九六五四円の債務を負担していたほか他にも多額の負債を抱えて倒産したため、控訴人を含む訴外会社の債権者らは、同月二七日、債権者集会を開き訴外会社に対する債権の整理について協議した結果、訴外会社の在庫商品のうち、各債権者において売り渡した商品は各自が売り渡した価格で返品を受け、それ以外の商品は一括して他に売却し、その代金を各債権者の債権額に応じて配分し、残余債権を各債権者において放棄することが決議された。

2. そこで、控訴人は、右決議に基づき、五二万四九七〇円相当の商品の返還を受け、右返品額を控除した一八二万四六八四円の債権につき後日訴外会社の在庫商品を売却して得られた代金から右債権額に応じた配当を受けることとし、これを放棄した。その後、同年二月七日の債権者集会において訴外会社の在庫商品を代金二〇万円で売却することが決議され、控訴人は、同年三月三〇日、右売却代金から六万九六五六円の配分を受けた。

3. 被控訴人は、右整理後に訴外会社の営業を継続することを希望し、控訴人に対し取引の再開を申し出たところ、控訴人から取引再開の条件として本件株券と長男佐藤圭一郎名義の土地を担保に提供するよう要求されたので、同年二月四日、まず本件株券を控訴人に交付したが、その際、当時の控訴会社代表取締役兵働弥七の指示に従って、「貴社出資株券二〇〇〇株(二〇万円)右に対する処置に関しては依任致します」旨を記載した依任状(乙第一号証)を差し入れた。

4. 被控訴人は、その後、長男圭一郎所有名義の土地に控訴人のため抵当権を設定すべく準備を進めていたところ、控訴人から担保物件の担保価格が低廉であるから現金取引にしか応じられないとして訴外会社との取引再開に難色を示されたため、その取引再開を断念し、その結果、訴外会社と控訴人間には、右整理後なんらの取引もなされないまま今日に至っている。

以上の事実を認めることができる。

<証拠判断省略>。

してみると、昭和三九年二月四日当時、訴外会社の控訴人に対する債務は残存していなかったのであるから、本件株券は、訴外会社と控訴人間に商取引が再開されることを前提に、右取引より将来発生する訴外会社の債務の担保として控訴人に交付されたものであると解すべきところ、訴外会社と控訴人間に取引契約が成立しなかったのであるから、本件株券は担保としての目的を失い、控訴人は、被控訴人にこれを返還すべき義務を負うに至ったというべきであって、控訴人主張のように、本件株券は、これを売却して訴外会社の控訴人に対する既存債務の弁済に充てるため、兵働が個人として受領したものと認めることはできない。

もっとも、成立に争いのない甲第三一号証によると、有限会社キリンヤは、訴外会社に対する債権の放棄をした後に、その放棄にかかる旧債権につき訴外会社から二回にわたり合計五万円の支払いを受けていることが認められるけれども、この事実をもってしても未だ右認定を覆えすに足りない。

三、そして、原本の存在及び<証拠>を総合すると、控訴会社代表取締役兵働弥七は、昭和三九年二月六日ころ本件株券を被控訴人名義で当時同会社の取締役経理部長をしていた谷山卓夫に代金二〇万円で売却して同人に裏書譲渡し、同人は、更に本件株券のうち三〇〇株を同年三月九日ころ塩田武利に、うち二〇〇株を同月一〇日ころ松村享に、うち五〇〇株を同月一六日ころ吉田茂にそれぞれ売却して同人らに裏書譲渡したことが認められる。

さすれば、控訴人の被控訴人に対する本件株券の返還義務は昭和三九年二月ころ履行不能になったものというべく、控訴人は、被控訴人に対し右履行不能によって生じた損害を賠償すべき義務がある。

四、そこで、本件株券の返還義務の履行不能によって生じた被控訴人の損害につき判断する。

債務の目的物を債務者が不法に処分し債務が履行不能となったとき債権者の請求しうる損害賠償の額は、原則としてその処分当時の目的物の時価であるが、目的物の価格が騰貴しつつあるという特別の事情があり、かつ債務者が、債務を履行不能とした際その特別の事情を知っていたか又は知り得た場合は、債権者は、その騰貴した現在の時価による損害賠償を請求しうると解するのが相当である(最高裁判所昭和三六年(オ)第一三五号同三七年一一月一六日第二小法廷判決・民集一六巻一一号二二八〇頁参照。)。そして、この理は、特定の記名株券の返還不能による損害賠償請求の場合であっても、妥当するものと解すべきである。

これを本件についてみるに、控訴人が被控訴人から担保のために受け取った本件株券を勝手に他へ売却してその返還債務が不能となった昭和三九年二月当時、本件株券の価格が騰貴しつつあるという特別の事情があり、かつ控訴人が右債務を履行不能とした際その特別の事情を知っていたか又は知り得たことにつき、被控訴人はなんの主張、立証もしないから、本件株券の返還義務の履行不能による被控訴人の損害は、履行不能となった際の本件株券の時価によって算定すべきである。そして、原審鑑定人井上博の鑑定の結果によると、控訴会社の右履行不能時に近い昭和三九年三月三一日当時の株式の一株当りの評価額が四五九円であったことが認められるから、被控訴人は本件株券の返還を受けられないことにより、二〇〇〇株分合計九一万八〇〇〇円の損害を被ったものというべきである。

ところで、被控訴人は、右以外になお不能時以後控訴会社においてなした新株発行により得ベかりし利益の喪失があったとして、その損害の賠償を求めているので、この点につき判断する。

昭和三九年二月当時における控訴会社の発行済株式総数が四〇万株、資本金が四〇〇〇万円であったところ、控訴会社が昭和四〇年七月に二〇万株の新株を発行して半額増資を実施したこと、その際新株引受権をすべて旧株主に付与したことは、当事者間に争いがない。しかし、履行不能時における株式の時価は、その当時において当該会社が将来株主にもたらすであろう利益配当及び増資に基づく新株引受権等の経済的利益の見込みをすべて評価しているものであるから、被控訴人において履行不能時における本件株券二〇〇〇株の時価の賠償を受ける以上、履行不能時後における新株引受権喪失による損害賠償の請求をすることはできないと解するのが相当である。したがって、株券返還義務の履行不能後における新株引受権喪失による損害賠償を求める被控訴人の右請求は、その余の点について判断するまでもなく、その前提において失当である。

五、控訴人は、本件損害賠償請求権が不法行為に基づくものであることを前提にして、三年間の経過とともに時効により消滅した旨主張するけれども、本件損害賠償請求は、本件株券返還義務の履行不能を理由とするものであって、控訴人の本件株券売却の不法行為を請求原因とするものでないことは、被控訴人の主張自体から明らかであるから、控訴人の右消滅時効の主張は、その余の点について判断するまでもなく、前提において採用することができない(なお、控訴人の右消滅時効の主張には債務不履行による損害賠償請求権の消滅時効の主張が含まれているとして判断することは、両者が単に時効期間を異にするだけでなく、時効により消滅に帰すべき権利の性質、発生原因事実等援用の基準を異にするにもかかわらず、これを無視することによって被控訴人を不意打ちの危険にさらし、ひいては弁論主義の原則にも反する結果を招くので、控訴人の右消滅時効の主張は不法行為に基く損害賠償請求権だけに関するものとみるべきである。)。

六、してみると、控訴人は被控訴人に対し、本件株券返還義務の履行不能による損害賠償として金九一万八〇〇〇円の支払いをなすべき義務があり、被控訴人の本件請求は、控訴人に対し右金員の支払いを求める限度で正当であるから認容し、その余を失当として棄却すべきである。

七、よって、以上と結論を異にする原判決を民訴法三八四条、三八六条に従い変更することとし、訴訟費用の負担につき同法九五条、九六条、八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 園部秀信 裁判官 森永龍彦 辻忠雄)

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